遺留分の放棄とは?相続の放棄との違いを踏まえて解説

弁護士 関口 久美子 (せきぐち くみこ)
弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表社員(パートナー弁護士)
所属 / 栃木県弁護士会 (登録番号43125)
保有資格 / 弁護士

はじめに

兄弟姉妹を除く法定相続人には、民法上最低限の遺産取得割合である遺留分が認められています。
しかし、この遺留分を請求するかどうかは権利者の意思にゆだねられており、放棄することも可能です。

本コラムでは、遺留分の放棄について、その方法や効果、さらに同じく遺産を受け取る権利の放棄である相続の放棄との違いなどを詳しく解説します。

遺留分とは

遺留分とは、兄弟姉妹を除く法定相続人のために認められた、民法上取得することが保障された遺産の割合をいいます。
具体的には以下のように定められています:

  1. 直系尊属のみが相続人である場合:法定相続分の3分の1
  2. その他の場合:法定相続分の2分の1

被相続人が遺留分を侵害した形で遺言を残したり、贈与や遺贈をしたりした場合であっても、それは法律上当然に無効となるわけではありません。
しかし、遺留分権利者が遺留分侵害額請求を行った場合には、遺留分を侵害する限度で効力を失うこととなります。

遺留分侵害額請求とは、遺留分権利者が遺留分を侵害して財産を受け取った人に対して、侵害された財産の返還を請求することです。

例をあげると、被相続人が「愛人に全財産を譲る」という遺言を遺したとしても、配偶者が相続人として存命している場合、配偶者は自分の法定相続分についての遺留分割合1/2を乗じた額については、愛人に対して遺産を返還することを求めることができます。

遺留分放棄とは

遺留分侵害額請求が行われると、法的な紛争に発展することも少なくありません。
例えば、遺産に不動産が含まれている場合に、その不動産の金銭的価値をどのように評価して遺留分を返還するかなどをめぐって、遺産を相続した人と遺留分権利者の間でトラブルになることがあります。

遺留分侵害額請求による相続人間のトラブルを避けるための手段として、遺留分権利者に遺留分を放棄してもらうという方法があります。
遺留分の権利主張をするかどうかは遺留分の権利者の判断となるため、放棄をすることも認められています。

遺留分権利者や状況によって、被相続人の意思を尊重してあえて権利主張をしないという場合もありますし、不公平な相続内容に納得がいかず遺留分の権利主張をする場合もあります。

遺留分放棄の方法

遺留分の放棄は、被相続人が生きている間にも、亡くなって相続が発生してからでもすることができます。

1 被相続人の生前における遺留分放棄

被相続人の生前にあらかじめ遺留分を放棄するためには、以下の手順が必要です:

  1. 遺留分権利者本人が、被相続人の住所地を管轄する家庭裁判所で申し立てをする。
  2. 家庭裁判所から遺留分放棄の許可を受ける(民法1049条)。

この手続きが必要な理由は、被相続人となる人が存命中に遺留分権利者に圧力をかけて強引に遺留分の放棄を迫るなどの可能性があるためです。
家庭裁判所が介入することで、遺留分権利者の真意を確認する機会が設けられています。

遺留分放棄の申し立てがなされると、家庭裁判所で裁判官と申立人が審問と呼ばれる面談を行います。
この面談では以下の点が確認されます:

  • 遺留分放棄の理由
  • 遺留分放棄の結果について申立人がきちんと理解しているか
  • 他人から強制されたものではないか
  • 遺留分放棄をする合理的な理由があるか

遺留分放棄が認められるためには、本人の意思による遺留分放棄であり他人から強制されたものではないこと、遺留分放棄をする合理的な理由があることの2つが必要であるとされています。

合理的な理由として考慮される事情の一つとして、遺留分権利者が代償となる財産を譲り受けている等(例えば、子である遺留分権利者が、親である財産を残す人から自宅を購入してもらっている等)があります。

なお、遺留分は放棄するというような念書を当人同士で残すようなことをしておいても法的効力は認められませんので、必ず裁判所で手続きをする必要があります。

遺留分の放棄後は、放棄の取消をすることは簡単にはできません。遺留分許可審判後に、申立時の事情が変化して、客観的に遺留分放棄の状態を維持することが不合理となった場合に、裁判所での職権取消を求めるということとなります。

2 被相続人死亡後の遺留分放棄

被相続人が亡くなった後に遺留分を放棄する方法はもっと簡便です。
遺留分権利者が、遺留分を侵害して多く遺産をもらった人に対して、遺留分を請求しない旨の意思表示をすれば足ります。

また、遺留分侵害額請求は、遺留分権利者が、相続開始と遺留分を侵害する遺言・贈与を知ってから1年以内に行わない場合、請求する権利が自動的に消滅します。

相続放棄との違い

言葉はよく似ているのですが、遺留分放棄と相続放棄は異なる概念です。

1 相続放棄とは

相続放棄は、法定相続人が、その相続人としての地位をすべて放棄することをいいます。
相続放棄の効果として、放棄した人ははじめから相続人ではなかったものとみなされ、+の財産である資産も-の財産である負債も一切相続しないこととなります。

相続放棄が利用される場面としては、被相続人が多くの借金を残しており、+の財産よりも-の財産が多くなってしまっている場合があります。

2 遺留分放棄と相続放棄の主な違い

  1. 権利の範囲:
    • – 遺留分放棄:遺留分のみを放棄
    • – 相続放棄:相続人としての地位をすべて放棄
  2. 相続人としての地位:
    • – 遺留分放棄:相続人としての地位は失わない
    • – 相続放棄:相続人としての地位を失う
  3. 遺産の取得:
    • – 遺留分放棄:遺言通りに残りの遺産を相続可能
    • – 相続放棄:遺産を一切相続しない
  4. 借金の相続:
    • – 遺留分放棄:借金も相続する
    • – 相続放棄:借金も相続しない
  5. 遺産分割協議への参加:
    • – 遺留分放棄:
      遺言書に書かれていない財産が発見された場合、遺産分割協議に参加可能
    • – 相続放棄:遺産分割協議に参加できない
  6. 放棄の時期:
    • – 遺留分放棄:被相続人の生前でも相続開始後でも可能
    • – 相続放棄:相続開始後のみ可能(熟慮期間内)

3 相続放棄の手続き

相続放棄は、遺留分放棄とは異なり、被相続人が存命中はすることができません。
いわゆる熟慮期間とよばれる期間である相続開始と自分が相続人であることを知ってから3カ月以内に、家庭裁判所に対して相続放棄の申述をすることによって行うことができます。

相続放棄の手続きの流れは以下の通りです:

  1. 相続放棄の申述書を作成
  2. 必要書類を準備(戸籍謄本、被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本等)
  3. 家庭裁判所に申述書と必要書類を提出
  4. 家庭裁判所による審査
  5. 相続放棄の受理

相続放棄が受理されると、その効果は相続開始時に遡って発生し、放棄した人ははじめから相続人ではなかったものとみなされます。

遺留分放棄のメリットとデメリット

1 メリット

  1. 被相続人の遺言の尊重:被相続人の遺志通りの相続が実現できる
  2. 相続トラブルの回避:遺留分をめぐる争いを未然に防ぐことができる
  3. 事業承継の円滑化:
    事業用資産を一人の相続人に集中して相続させることが可能になる
  4. 税務上のメリット:場合によっては、相続税の節税効果が得られる可能性がある

2 デメリット

  1. 権利の喪失:最低限保障されていた遺産取得の権利を失う
  2. 取消しの困難さ:一度放棄すると、簡単には取り消せない
  3. 将来の不確実性:被相続人の資産状況が変化した場合、不利益を被る可能性がある
  4. 家族関係への影響:他の相続人との関係が悪化する可能性がある

まとめ

遺留分権利者が遺留分放棄をしておくことにより、相続発生後に遺留分をめぐっての相続トラブルが発生するリスクが少なくなります。
法定相続分どおりの相続以外を考えており、自分の死後の相続トラブルが心配な方は、遺留分放棄という制度について家族と話し合っておくことも一つの対策となります。

ただし、遺留分放棄は、遺留分権利者が自らの意思で熟慮したうえで放棄をする必要があり強制してはならないこと、遺産を残す人から遺留分権利者への相当の代償の用意などは必要になる点には注意しておきましょう。

遺留分放棄を検討する際は、以下の点に注意が必要です:

  1. 十分な情報収集と理解:遺留分放棄の意味と効果を十分に理解する
  2. 家族間での十分な話し合い:全ての関係者の理解と合意を得る
  3. 専門家への相談:弁護士や税理士など、専門家のアドバイスを受ける
  4. 将来の変化の考慮:資産状況や家族関係の変化も考慮に入れる
  5. 代替案の検討:遺言や生前贈与など、他の方法も併せて検討する

遺留分放棄は、相続に関する重要な決断の一つです。各家族の状況や希望に応じて、慎重に検討することが大切です。

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