相続と預貯金の払戻し - 相続人が複数いる場合の預貯金の取り扱い

弁護士 関口 久美子 (せきぐち くみこ)
弁護士法人宇都宮東法律事務所 代表社員(パートナー弁護士)
所属 / 栃木県弁護士会 (登録番号43125)
保有資格 / 弁護士

預貯金の相続における基本的な考え方

相続において、預貯金は重要な資産の一つです。被相続人(亡くなった人)の預貯金は、原則として相続人全員に帰属します。しかし、相続人が複数いる場合、その取り扱いには注意が必要です。

預貯金相続の基本原則

  • 相続開始と同時に、預貯金は相続人全員の共有財産となる
  • 各相続人の取り分は、法定相続分または遺言で指定された相続分に応じて決まる
  • 共有財産の処分には、原則として相続人全員の同意が必要

預貯金の払戻しに関する法的根拠

預貯金の払戻しに関する主な法的根拠は以下の通りです。

  1. 民法(相続関連条文)
  2. 判例法理(最高裁判所の判断)
  3. 各金融機関の規定

特に重要な最高裁判決(平成28年12月19日)のポイント。

  • 預貯金債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されない
  • 遺産分割の対象となる
  • 相続人全員の同意がない限り、単独での払戻しは認められない

この判決以降、金融機関の対応が厳格化し、相続人の一部だけでの預貯金払戻しが難しくなりました。

相続人が複数いる場合の預貯金払戻しの手続き

相続人が複数いる場合、預貯金の払戻しには以下の手順が必要です。

  1. 相続人の確定
    • ・戸籍謄本等で相続人を特定
    • ・相続放棄の有無を確認
  2. 相続関係書類の準備
    • ・被相続人の出生から死亡までの戸籍謄本
    • ・相続人全員の戸籍謄本
    • ・被相続人の除籍謄本
  3. 遺言の有無の確認
    • ・遺言がある場合は、その内容に従う(自筆証書の場合、検認が必要)
    • ・公正証書遺言の場合は、公証役場で遺言書の内容を確認
  4. 相続人全員の同意取得
    • ・払戻しに関する同意書の作成(遺産分割協議書に基づくことがが一般的)
    • ・各相続人の実印と印鑑証明書が必要
  5. 金融機関への申請
    • ・必要書類を揃えて金融機関に提出
    • ・金融機関の規定に従って手続きを進めることになる(このため各金融機関の扱いを事前に確認しておくことが重要です)

具体的な必要書類の例

  • 預金通帳(または証書)
  • 被相続人の印鑑(紛失の場合には紛失の手続きを踏むことで足りることが多い)
  • 相続人全員の印鑑証明書(発行後3ヶ月以内のもの)
  • 被相続人と相続人全員の戸籍謄本(出生から死亡まで)
  • 相続人全員の同意書(金融機関所定の書類又は遺産分割協議書で対応することが多い)
  • 遺言書(ある場合)
  • 相続人代表者の身分証明書

預貯金払戻しにおける課題と対応策

1. 相続人間の意見の相違

課題:相続人の中に払戻しに同意しない者がいる場合
対応策:

  • 話し合いによる合意形成:まずは訴外にて、遺産分割協議を試みることが一般的です
  • 調停や審判の利用(家庭裁判所):話し合いでまとまらない場合には裁判所上の手続きの利用を検討します
  • 遺産分割協議の実施:書面にて連絡する、相続人らが集まり口頭にて実施するなどの方法にて行います

2. 相続人の所在不明

課題:相続人の一部と連絡が取れない場合
対応策:

  • 所在調査の実施:戸籍の附票から住所地を調査することが一般的です
  • 不在者財産管理人の選任申立て(家庭裁判所):従来の住所又は居所を去り,容易に戻る見込みのない者(不在者)と判断された場合にはこの申立が有効です。ただし事前に裁判所に納付する予納金が必要な場合があります。
  • 失踪宣告の申立て:不在者(従来の住所又は居所を去り,容易に戻る見込みのない者)につき,その生死が7年間明らかでないとき(普通失踪),又は戦争,船舶の沈没,震災などの死亡の原因となる危難に遭遇しその危難が去った後その生死が1年間明らかでないとき(危難失踪)は、この申立を検討します

3. 相続放棄者の扱い

課題:相続放棄をした者の同意が必要かどうか
対応策:

  • 相続放棄の熟慮期間(3ヶ月)経過後は同意不要
  • 相続放棄の申述受理証明書の取得

4. 葬儀費用等の緊急支払い

課題:葬儀費用など緊急の支払いが必要な場合
対応策:

  • 金融機関の規定による一定額の仮払い
  • 相続人の一人が立て替えて後で精算:後日遺産分割協議の際に調整することがあります

預貯金の仮払い制度

一部の金融機関では、相続人の一部からの申し出で、預貯金の一部を払い戻す「仮払い制度」を設けています。

仮払い制度の特徴

  • 払戻し限度額:50万円〜100万円程度(金融機関により異なるため、確認ください)
  • 用途:葬儀費用や当面の生活費に限定されることが多い
  • 必要書類:死亡診断書、戸籍謄本、申請者の本人確認書類など

注意点

  • 全ての金融機関で利用できるわけではない
  • 後日、他の相続人から異議が出る可能性がある
  • 仮払いを受けた相続人が、後の精算で返金を求められる場合がある

遺産分割協議と預貯金の払戻し

預貯金の最終的な分配は、遺産分割協議で決定されます。

遺産分割協議のポイント

  1. 相続人全員の合意が必要
  2. 協議書の作成(実印の押印と印鑑証明書の添付)
  3. 法定相続分と異なる分割も可能

遺産分割協議が整った後の手続き

  1. 遺産分割協議書を金融機関に提出
  2. 各相続人の取り分に応じて預貯金を払戻し:代表者がとりまとめて払い戻し、代償金という形で他相続人に分配することが多い

専門家の活用と重要性

相続における預貯金の取り扱いは複雑で、以下の専門家の助言が有用です。

  1. 弁護士
    • ・相続全般の法的アドバイスが可能
    • ・遺産分割協議の進行支援(代理権限に基づき、協議に参加し、方向性につき、積極的にとりまとめることが可能です)
  2. 司法書士
    • ・相続手続きの実務サポート
    • ・必要書類の作成援助(あくまでも代理権限はないため書類作成のみ)
  3. 税理士
    • ・相続税に関するアドバイス
    • ・預貯金と他の遺産を考慮した節税策の提案

専門家を活用するメリット

  • 法的リスクの回避:遺言を作成することで死後の相続トラブルを極力回避することが可能です
  • 相続人間のトラブル防止:感情的になっている当事者に代わり、代理人として交渉に参加することで、トラブルを最低限に押さえることも可能です
  • 迅速かつ適切な相続手続きの実現:交渉に参加したり、金融機関の払い戻し手続きを代理して行うことで当事者の負担を軽減できます

最近の傾向と今後の展望

  1. デジタル化の進展
    • ・オンラインでの相続手続きの増加
    • ・マイナンバーを活用した相続手続きの簡素化
  2. 金融機関の対応の変化
    • ・相続手続きの統一化・標準化の動き
    • ・AIを活用した相続手続きサポートの導入
    • ・法定相続情報一覧図の利用による手続の簡略化
  3. 高齢化社会への対応
    • ・認知症等で判断能力が低下した相続人への対応策(任意後見制度の積極的活用)
    • ・生前贈与や信託を活用した財産移転の増加

まとめ

相続人が複数いる場合の預貯金の払戻しは、慎重な対応が求められる重要な問題です。

重要なポイント

  1. 預貯金は原則として相続人全員の共有財産となる
  2. 払戻しには相続人全員の同意が必要
  3. 遺産分割協議が最終的な分配の決め手となる
  4. 緊急時の仮払い制度の活用も検討する
  5. 専門家の助言を積極的に求める

適切な手続きを踏むことで、相続人間のトラブルを防ぎ、円滑な相続を実現することができます。相続に関わる全ての人が、この複雑な問題に対して十分な知識と準備を持って臨むことが重要です。

補足:よくある質問

  • 共同相続人の一人が無断で預貯金を引き出した場合、どうなりますか?

    これは違法行為となり、他の相続人から返還請求される可能性があります。また、刑事告訴のリスクもあります。不適切な払戻しは、深刻なトラブルの原因となるため、絶対に避けるべきです。

  • 相続人の中に未成年者がいる場合、預貯金の払戻しはどうなりますか?

    未成年者の法定代理人(通常は親権者)の同意が必要です。ただし、法定代理人自身も相続人である場合は、利益相反の問題が生じるため、特別代理人の選任が必要となることがあります。

  • 被相続人が認知症で、生前に預貯金の管理を任されていた場合、相続時にその預貯金を自分のものとして扱えますか?

    いいえ、できません。認知症の方の財産管理を任されていたとしても、それは相続権とは別の問題です。相続が開始したら、その預貯金も相続財産として、他の相続人と共有することになります。

  • 遺言で特定の預貯金口座を特定の相続人に相続させると指定されている場合、その相続人は単独で払戻しできますか?

    遺言による指定があっても、原則として他の相続人の同意が必要です。ただし、遺言執行者が選任されている場合は、遺言執行者の権限で払戻しが可能な場合があります。

  • 相続放棄をした場合、預貯金の払戻しに関する手続きに関与する必要はありますか?

    相続放棄が受理された後は、原則として相続に関する手続きに関与する必要はありません。ただし、相続放棄の熟慮期間(3ヶ月)で、かつ、相続放棄の受理がなされていない時点では、まだ相続人としての地位があるため、手続きへの関与が必要となる場合があります。

これらの質問は、預貯金の相続に関する一般的な疑問の一部です。個々の状況に応じて、さらに専門的なアドバイスが必要となる場合が多いことを覚えておいてください。

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